活動内容
空気空間のプロデュース
の一環として活動しています
魂の裸体を更に剥き出しにして
この世の無常
喪われてゆく時間の煌めきの瞬間を
作品に閉じ込め
演奏する事により
空気空間の浄化を繰り返してゆきます
良い音楽は自分自身そして聴く人達の
細胞が喜び
細胞が弾け
細胞が潤う
良い音楽は
カラダがVivace ヴィヴァーチェする
生き生きする
うっきうきッ!!と心が踊りだす
そして時に涙ぐむ
それは
心の琴線に触れた時のみ
細胞が「喜び」「弾け」「潤う」からだ
自然とゆう無償の恩恵を
辞世の虚句として
この世に置いてゆきます
イタルドニーズィ
YouTube
公演情報
第52回リチーネコンチェルト
ピアノ鵜戸西到イタルドニーズィ生誕祭 音楽界
〜馥郁たる精霊たちの大おさんぽ
蘇るABACABOO〜
➖ご挨拶➖
作詞作曲を生業として
ご先祖様達から遺伝子を分けて頂き
感謝し
産まれ
育ち
生きて参りました
そんな祈り
願い
思う日々から
この一年で8曲の作品が
産まれました
〜第52回リチーネコンチェルト
ピアノ 鵜戸西到 生誕祭音楽界〜
《馥郁たる精霊達の大おさんぽ
蘇るABACABOO 》と題し
音楽界を開催致します
お時間合えば是非いらして下さいませ
2025年2月19日(水曜日)
会場:ミューザ川崎
音楽工房 市民交流室
開場: 12:40
開演: 13:00
⚠️いつもと時間が異なります
前売り ¥3500 当日¥4000
〜ABACABOO メンバー 吾芭嘉舞宇〜
ドラム 大嶋孝之
ギター シモーヌMASAKI
フルート 田中七奈子
ヴォーカル テノール奥村浩樹
ピアノ 鵜戸西到
—新曲 2024〜2025—
《足柄山の洗い熊
Un Procione di Mt ASHIGARA 》
《はちみつの歌
Una canzone di Miele 》
《労働者の小夜曲
Una serenata di Operaio 》
《クワガタ君といた夏
Una estate con Lucanidae 》
《お魚くん達が集まってきて
Insieme i pesci 》
《黄昏れ芋虫くん
Crepuscolare Bruco 》
《カエル君の瞳
Occhi di Rana 》
《ABACABOO のテーマ Tema di 吾芭嘉舞宇》
➖➖➖【イタルドニーズィ
鵜戸西到プロフィール物語】➖➖➖
東京都練馬区高松町で
1969年2月19日16時頃産まれる
4100グラム (貴乃花より大きい)
男4人兄弟の4番目
3人の兄達が怒られているのを
横目で見ながら
スイスイとこの世を渡る術を学ぶ
おしっこを我慢しながら
夢中で四葉のクローバーを
探し ちょいと漏らしながら
貝殻を集めて模様を作る
夢中になるとおしっこさえ
我慢して夢中になる
2歳児
幼稚園の音楽教室で楽譜を読み始める
3歳児
兄のオルガンを弾き始め
お小遣いは全て楽譜を購入する
(イタリアやフランス スペインの
映画音楽が主)
4歳児
幼稚園の友達《しほちゃん》が
小学校お受験するとゆうので
東京学芸大学附属小金井小学校受験
5歳児
試験 くじ引き 3者面接を
難なくクリアー
とはいえ
試験結果を母と見に行き
張り出された合格者の「紙」
に私の受験番号が無かったね〜
なんて母と残念会を
【汽車が料理を運ぶレストラン
いろりの里】
でランチをして家に帰ると
《しほちゃんのお母さん》から
「いたる君おめでとう〜」と電話
もう一度母と見に行くと
私の お受験番号発見
次週 面接資格の為の
くじ引きに参加
真四角の真っ白な箱の上面に
丸い穴が開いていて
吸い込まれる様に
その穴に
手を入れ1番右下のクジを引き
見事当選
三者面談と相成り
父 母 私 3人横並びで
それぞれの面接官と
向き合う3人 計6人で面接
住所氏名生年月日電話番号
難なく答える5歳児の私
「今日は何を食べてきましたか?」
との面接官の問いに私は
「お母さんの作った優しい卵焼きです」
と答え(その朝は卵焼きなど食べていない)
「ここに来るまでに何がありましたか?」
の問いに
「露草に
朝露が輝いていて
その朝露には
お母さんとお父さんと
僕が映っていました」
と答え母と父を驚かせ
その時の私の面接官が
小学校一年生の担任の先生
菊田先生となった
家からバス停まで600メートル
国立駅まで15分ほどバスに乗り
国立駅〜武蔵小金井まで国鉄に乗り
武蔵小金井からバスで10分
学校にたどり着く日々
当時の国鉄初乗りは十円だった
帰宅の時は降りるバス停の目の前に
一杯飲み屋の焼き鳥屋さんがあり
「シロ」や「皮塩」を覚え
店の女将や焼き場の方たちと
仲良くなり
ある日雨宿りがてら食べて
店を出ると傘を持った母
お見送りの女将と
初顔合わせで驚いていた
週6勤務が当たり前の時代
通勤ラッシュの大人達の
ゾンビの様な顔を毎朝ながめる中
小学校一年生の音楽の先生だけ
表情もオーラも明らかに
ひとりだけ違ってた音楽の先生
虹色のオーラを放ち
いつもはつらつとした満面の笑み
作曲家の【渡辺茂】先生
日本人なら誰でも口ずさめる歌
「♪〜垣根の垣根の曲がり角
焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き〜♪」
の作曲者
学校の勉強はイッサイせず
試験の答案は隣の席の友の紙を
アレンジしてほぼ同じ答案
(戦後 教科書の
炭で黒く濡らされた所を
学ぶのが真実だと思い。。。www)
音楽と体育と図画工作のみ熱中し
楽しすぎた
6歳児
作詞や作曲もその頃からはじめ
近所の家々に音楽会のお知らせの
手書きチラシを配り音楽会をはじめた
全くもって今となんら変わらない
成長ッぷりである
作詞作曲をする時に必要な
静かで空想にふける為の空間は
我が家には無く
荒くれ者の兄3人
ストレスだらけのサラリーマンの父
と暮らす生活から
独立を考える
7歳児の私
とある音楽企業のグレード試験を
13級から受け始め
5級のグレード試験を取得すると
教員免許がおり、教えられる事を知り
母にその旨を告げ小学校を卒業と同時に
ひとり暮らしをすると告げた
7歳児の私
11歳の時 グレード5級取得。
独立に向けその音楽企業に赴くと
日本の法律で16歳にならないと
稼げないと言われ即刻辞めた
12歳
バンドなら稼げると
活動を始め
新宿靖国通り沿いにあるライブハウス
「ヘッドパワー」に於いて
ライブハウスデビュー
時給¥550でレストラン配膳人デビュー
全くもって今と変わらない
15歳の夜よろしく
その時のライブ用に制作した曲が
後に組むバンド【SKA FUNK】(Fに/)
スカンクの代表曲
私と同じ誕生日の学者への
尊敬の念の曲
《コペルニクス》を発表した
16歳の夜
大好きなバンド《レピッシュ》の
ギターリスト杉本狂一氏の家に
デモテープを聴いてもらいに行き
聴いて頂いた楽曲
当時の私のバンドの
The2 →の(ドラム大嶋孝之 直ぐに渡米)
【道化師Un Pagliaccio 】とゆう曲を
(今度の音楽界でも演奏する予定)
聴いてくれたキョウイチさんは
直ぐにスカンクのヴォーカルとなる
弟子の《へーデル幼一》を呼び付け
曲を聞かせその夜にバンド結成
幼一さんはバンド名《パラレルハウス》
と命名してきたが私は
SKA FUNK Fにスラッシュ/
《スカンク》と提示した
キョウイチさんは
幼一さんがいつもキョウイチさんの家で
おならばかりするので
屁が出る幼一 から
「歌うならぬしゃ〜の名は
《屁〜出る幼一》つた」
と、いつもゆうてたので
私の提示した
スカンクとゆうバンド名を
ガハハガハハと喉ちんこを見せて
嬉しそうに笑った
17歳の夜
結成されたスカンクは
私のバンドThe 2→の
ギター K太
を連れて
幼一さんのチーム熊本の3人
ドラム 三池さん
ベース ちゅーちゃん中尾くん(後に渡米)
と意気投合し
あれよあれよッと
新宿ロフト
渋谷 屋根裏
トウホウ学園(専門学校)文化祭で
400人集まり
キャプテンレコードから
オムニバスアルバム
【パニックパラダイス】発表
私は
【コペルニクス】
【トリック】(この世のトリック嘘暴く歌)
【道化師 ピエロ】
【色 】
を作詞作曲編曲で提供
即座にソニーレコードと契約に。
幼一さんの提供曲
【万引き】
「♪〜誰でも万引きはする
政治家だってやったはずぅ〜♪」
流石にそれは演奏できない
と、
これをキッカケに脱退
ギターのK太と
【ABACABOO 】を結成
19歳
NHKから即座に出演依頼
府中競馬場にて撮影出演
初めて見る走るお馬さん達は
なんとも美しかった
渋谷から移転してきたライブハウス
➖下北沢屋根裏➖
で月に一度のイベント
【コンシャスパーティー】を企画
と共に
音楽の街 下北沢
ライブの街 下北沢に
貢献し今の【音楽の街下北沢】の
イメージを作りあげた
20歳
下北 屋根裏 満員御礼で
アバカブー解散ライブ
と同時に
生後一ヶ月
目もあいていないシーズー犬
愛犬らも子(愛称タポチ)
と暮らし始める
23歳
アバカブーの解散ライブで出演してもらった
【The JUICE】の
カセットブック《ランデヴー》の
サウンドプロデュース
キーボードで参加
そのカセットブック切っ掛けで
ポニーキャニオンレコードより
デビュー
24歳
サークルK コマーシャル
WOW WOW コマーシャル
全国ツアー
シングル アルバムCD制作
TV ラジオ
北九州エフエム クロスFMレギュラー
「いたるのオルガンパディー」
FM仙台 BAY FM等レギュラー出演
多忙な日々休みの日1日も無い
めまぐるしい25歳
ソニーレコード河合誠一マイケル
グループ参加
ソニーレコードより「ISIS」参加
326グループ参加
TM REVOLUTION
「ハイプレッシャー」参加
ホールツアー
全国テレビ音楽番組全て出演
【The JUICE 】全国ツアー最終日
赤坂BLITZ にて解散
26歳
イタリア ローマへ
愛犬【らも子】を連れ 渡り遊学
ARCO DI DURUSO
アルコディドゥルーソ入学
ローマ市民大学 転入
現在のリチーネコンチェルトの
基盤土台となる【土作り】
【根拠のない理屈】に励む
自分だけを信じて
異国ローマで
挑み続ける
べリューシュカ ロッコ作詞
イタルドニーズィ作曲
【LA VITA È 】制作
帰国後
イタリアから研鑽を積み帰って来た
テノール奥村浩樹氏と
【リチーネコンチェルト】
を開催する
イタリアや
フランス
スペインの
《オペラのアリア》
《カンツォーネ》
《古典歌曲》
《ナポリ民謡》を中心とした
本格派 声楽コンサート
生のピアノとマイクを使わない
魂の裸体の様な
真冬の欅の枝の様な
生の歌声のコンサートは
イタリアで遊学しながら励んだ
【土作り】で肥やした土に
種を蒔き続け
一年で
ミューザ川崎 音楽工房に於いて
連続SOLD OUT
2ヶ月に一公演とゆう(1公演16曲程)
ソロの声楽家のコンサートは
日本いや世界的にも
達成出来る歌い手は 類を見ない
2024年には第50回目の
リチーネコンチェルト
テノール奥村浩樹ソロコンサートを
成功させた
また
2019年より
【イタルドニーズィ】
(鵜戸西到のイタリア語読み)
誕生日である2月に
自分の作品のみの
コンサートを毎年連続公演
本年2025年は19歳の時のバンド
【ABACABOO】として
2025年2月19日(水)
開場 12:40 開演13:00〜
場所 :ミューザ川崎 音楽工房
ホームページ
HP : リチーネコンチェルト
HP: イタルドニーズィ
YouTube リチーネコンチェルト
YouTube イタルドニーズィ
と振り返ると
我ながらヘンテコな人生で
友に感謝
ご先祖さまに感謝
万物への感謝である
そして何より
聴きに来てくださる
お客様に感謝でございます
今後ともお見捨てなき様
応援のほどよろしくお願い致します
全身全霊 命をかけて
生涯 やれる事に
この世で出逢えた事に。。。
静かな心と心が重ね合わさり
琴線に触れ 震える
奇跡の様な演奏が出来る
音楽の友と出逢えた事に。。。
テノール奥村浩樹が
時たま口にする
「感謝しか無い」とゆう
言霊に手を合わせる事が
出来る日まで。。。
リチーネコンチェルト
主宰 鵜戸西到 《イタルドニーズィ》

お問い合わせ
どうぞお気軽にお問い合わせください